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【書評】フードテックの新しい教科書「フードテック革命」
AI.

サンフランシスコ在住日本人テクノロジー投資家のパイオニアの一人でScrum Ventures(スクラムベンチャーズ)のパートナーを務める外村仁氏が監修・執筆した「フードテック革命」が日経BPから出版された。

フード市場は巨大だ。2015年の日本市場は83兆円だったというが、これはIT産業のざっと3倍にもなる。同書のカバーにもあるように世界では700兆円の市場だという。最近TechCrunchでもバイオテックを利用して植物性原料から肉を培養するスタートアップには1社100億円規模の投資が集まっていることを報じている。

同書ではフードテックの現状、仕組み、有望な分野、企業化のノウハウなどを具体例で詳しく解説している。また三ツ星シェフの米村肇氏から味の素の西村社長まで日本のフードビジネスを代表するキーパーソン多数にロングインタビューしている。フードテック分野で新しいビジネスをスタートさせるために最適な教科書となっている。それだけにカバーされている分野が広くボリュームもあるが、まずは興味がある部分から読めばいいだろう。

iPhoneに「新しいものは何もない」

ロックフェラーセンター(画像:wikimedia

1980年代後半、日本は半導体産業で米国を抜いて世界一のシェアとなり、膨大な貿易黒字を溜め込んだ。これを背景に大手不動産会社がニューヨークのロックフェラーセンターを買収したことがある。クリスマスツリーとスケートリンクがメディアにたびたび登場し米国のシンボルの1つともなっている施設だっただけに日本に対する反感も高まった。

しかしバブル崩壊で運営会社は倒産し、後にこれという結果は残っていない。半導体産業も世界市場から脱落し、現在では韓国にはるかに遅れを取る状態だ。自他ともに「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と考えた時代の記憶さえ薄らいでいる。

同じパターンがさらにその後、デバイス分野でも繰り返された。2007年にスティーブ・ジョブズがiPhoneをリリースしたとき外村氏は「前の夜から並んで発売初日に買い、その日から私の生活は一変した」という。ところが当時の日本のメーカーのエンジニアの多くは「新しいものは何もない」と酷評し関心を示さなかった。こうして携帯電話でも日本メーカーは軒並み退場することになった。「新しいものの塊」だったiPhoneを見て何も感じなかったとは信じがたいが、これは個人の鈍感さというより成功体験がいかに人間の視野を歪めるかという例なのだろう。

2000年代ならGoogle、2010年代ならFacebookに代表される米国のテクノロジー・スタートアップは短期間に大成功を収め、そこで巨額の資金を得た多数の起業家がフード分野に参入した。これが米国の食のハイテク化の流れを作っている。ここでもまたスマートフォンのときと同様、成功体験に安住したままでいれば日本の食の将来も危機的だ。

日本の食をさらに前進させるには?

もちろん今のところは日本の食の平均的レベルは米国より高い。日本で発見されたグルタミン酸、イノシン酸などに代表される味覚は「ウマミ」とそのまま日本語で呼ばれている。日本式のパン粉も「パンコ」だ。米国でハンバーガーやフライドチキンなどのファーストフードが大産業となったのは(移民が故国の料理を出す店を別にすると)米国の外食店の平均的水準が低かったからだったと思う。

米国の外食のコストパフォーマンスは悪く、日本では980円でもけっこう食べられるが、米国ですこしまともな外食をしようとすれば30ドル(3300円)覚悟する必要がある。生徒が学校に持っていく昼食の弁当の代表が「ピーナッツバターとジャムのサンドイッチ」だったり、大の大人の昼食が「りんご1個」だったりするのは日本では信じられない。出張の週末にサンフランシスコからヨセミテに足を伸ばしたことがあるが、途中の田舎町で入ったレストランがあまりに不味くファーストフードにするのだったと後悔したことがある。

しかしスーパーマーケットのチェーンが巨大化すると個人商店はよほど立地に恵まれていないかぎり太刀打ちできなくなった。高度経済成長以前の日本では食材は八百屋、肉屋、魚屋などの個人商店で買うのが普通だった。しかし自動車がなくてはどこにも行けない地方都市では個人商店は壊滅状態だ。

米国発祥のファーストフード・チェーンはロジスティクスからスタッフの訓練まで完全にマニュアル化して巨大ビジネスに成長した。こうなるとスモールビジネスが圧倒されるというパターンが繰返される。

2018年のSKSでスピーチする外村氏(画像:Umihiko Namekawa)

こうした状況を「なんとかしなければならない」と考えた外村氏はコンサルティング企業のシグマクシスと協力して2017年からSKS(スマートキッチンサミット)の日本開催にこぎつけた。本書を執筆した田中宏隆、岡田亜希子、瀬川明秀の各氏はシグマクシスのコンサルタントで、多数の具体例や統計は長期間にわたってSKSカンファレンスを企画、運営してきた中で蓄積されたものだ。

重要なのはパッション

「では何をなすべきか」で重要なものとして外村氏は「パッション」を挙げているが、これはなるほどと思う。外村氏の食に対するパッションはたいへんなものがある。デバイスから食材まで「米国にはここまであるのか」と驚くような例がFacebookなどのソーシャルネットワークにも披瀝されている。また米国製低温調理ヒーターから日本製の煙を出さない電気ロースターまですべてまず自分で買ってとことん使いこなしている。

いかにフードテックが有望な市場だろうとパッションなしにビジネス計算だけで参入しても結局は消費者のハート・アンド・マインドを捉えることはできないだろう。この本でいちばん重要なのは全編に流れる外村氏の危機意識とパッションではないかと思う。

引用先はこちら:【書評】フードテックの新しい教科書「フードテック革命」

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