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米ベストセラー作家が語る、テック業界における人種差別
AI.

「多くの人がテクノロジーの分野における人種と人種差別について話すことの価値を過小評価しています」。そう話すのは『So You Want to Talk About Race』の著者、イジェオマ・オルオ氏である。この本は、2018年1月の初版発行から2年半で、ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーリストのペーパーバック・ノンフィクション部門でトップに躍り出た。「人種や人種差別について話すのに、テクノロジーほど重要な分野はないと思います」と同氏は続けた。

オルオ氏と私がOne Cup Coffeeで話をしたのは、世界的パンデミックが発生する直前の1月のことだ。教会と店先を共有するこのOne Cup Coffeeは、メタドンクリニックのすぐそばにあり、余分なサービスを提供せずに「単なる利益以上のもの」を追求するコーヒーショップである。このカフェは、ワシントン州シアトルのすぐ北に位置するショアラインにあるオルオ氏の自宅からほど近い場所にある。

「私はWeb上で、アメリカにおける人種と人種差別に関する最高と最悪を見てきました」とオルオ氏は続ける。「私と私が愛する人たちは、Web上で実際に影響を受けてきました。(インターネットは)対面の空間と同じくらいリアルな空間です。私たちは、互いの見方や付き合い方がインターネットによってどのように影響を受けるか、そして不平等と不公正の問題にどう対処するかについて、必ず政治的、社会的に考えてみる必要があります」

私はシアトルの高級住宅地で、拡張を続けるAmazon(アマゾン)本社キャンパスについて調査してきた。同社のキャンパスは、建物の豪華さという点で、私が牧師として勤務するハーバード大学とMITの2つのキャンパスを凌駕している。その高級住宅地からショアラインまで車で移動するには、おそらく今まで見た中で一番大きなホームレスの野営地のすぐ近くを通らなければならなかった。私は、宗教がそれぞれ異なる学生たちで構成されるグループを率いて、ホームレスの大規模な野営地で勉強やボランティアを行ったことがある。

宗教と信仰についていえば、オルオ氏との90分間にわたる会話は、無神論者、不可知論者、および信仰心を持たずに善を行い有意義に生きようとする人たちによる半組織化された運動である「ヒューマニズム」への共通の関心をきっかけとして始まった(主な内容は以下に記載している)。私はハーバード大学とMITでヒューマニズムに基づく牧師として勤務しており、宗教に代わる一種の世俗的な選択肢としてヒューマニスト哲学について執筆している。

オルオ氏は、2018年にアメリカのヒューマニスト協会からフェミニストヒューマニズム賞を受賞した。同氏は、観衆のほとんどが自らを聡明で寛大だと考えがちな白人リベラル派という中で受賞スピーチを行った。彼らは黒いテーブルクロスの上の白い皿に盛りつけられた鶏の胸肉を食べながら、ロールパンとバターを忙しく回し、誤って水飲みグラスをカチンと鳴らしていたとき、同氏が「腰を下ろしてください」と言ってスピーチを始めてもうまく受け流していた。しかし、オルオ氏が「私が皆さんに求めるのは、他人がもたらす害をいつも探すことではなく、自分がもたらす害を探すことです」と話したとき、私の友人Ryan Bell(ライアン・ベル)が当時ツイートしたように、「そこは水を打ったように静まりかえった」。

ここで今年の1月に話を戻そう。コーヒーと紅茶を飲みながら、私はTechCrunchの「Ethicist in Residence(倫理学者・イン・レジデンス)」として1年余りにわたって執筆してきた論文についてオルオ氏に話した。その内容は、私たちが「テクノロジー」と呼ぶ世界はどの業界よりも大きく成長し、単一の文化よりも大きな影響力がある。テクノロジーは世俗的な宗教となった。おそらく人間がこれまでに作った最大かつ最も影響力のある宗教である、というものだ。

以下に続く内容からわかるように、オルオ氏は親切にもこのアイデアを大目に見て楽しんでくれたようだ。そしてとっさに、考えられるいくつかのテクノロジーと宗教の比較について話してくれた。このような話だ。

テクノロジーと多くの宗教の根本的な共通点の1つは、少なくともアメリカでは、テクノロジーは白人男性が考えるユートピアであるということだ。テクノロジーにおいては特に、白人男性のユートピアビジョンに対するカルト的な支持があり、根本的に女性や有色人種の権限を奪い、脅かしている。

私は自分自身をこのテクノロジーという新しい宗教に対して不可知論者(必ずしも無神論者ではない)であると考えている。なぜなら伝統的信仰を見ようとしていた方法で(状況に応じて善と悪の両方を行えるものが入り混じったものとして)テクノロジーも見たいからである。しかし、Mark Zuckerberg(マーク・ザッカーバーグ)氏やJeff Bezos(ジェフ・ベゾス)氏のような超億万長者の起業家がますます権力を強めるとき、ソーシャルメディアの誤った情報が民主主義の運命を左右する一方で人工知能が司法制度に介入するとき、そして現在のパンデミックによって私たちの生活がますますオンライン化するとき、私自身が「予言」と言っているものを見直さざるを得なくなるのではないかと思うことがある。注意を怠れば、テクノロジーは史上最も危険なカルトになるかもしれない。

以下のインタビューの前にもう少し詳しく状況を説明すると、オルオ氏と私はこの記事(原文)のタイトルを同氏の著書と同じタイトルである「So You Want to Talk About Race in Tech」にすることで合意した。同書はすでにヒットしていたが、George Floyd(ジョージ・フロイド)氏の死を受け、今では全米で象徴的な地位を獲得している。

この記事は、私がTechCrunchのために執筆してきた約1年におよぶシリーズの最終回であり、テクノロジーの倫理における人と課題について詳細に分析する。これまで編集者と私は文字数15万にもおよぶ38の記事を作成してきたが、そのほとんどが、期せずしてテクノロジーの新たな世界の倫理を改革し再考するための取り組みを主導している女性と有色人種を紹介したものだ。

このシリーズでは、Anand Giridharadas(アナンド・ギリダラダス)氏とのインタビュー「Silicon Valley’s inequality machine」、Taylor Lorenz(テイラー・ローレンツ)氏とのインタビュー「the ethics of internet culture」、James Williams(ジェームズ・ウィリアムズ)氏とのインタビュー「the adversarial persuasion machine」を取り上げている。とりわけ、ジェームズ氏とのインタビューは、同氏の前雇用主Googleによる取り組みを取り上げたもので、これは私たちをひどく混乱させた。

シリーズの特集では、CEOと投資家が幼少期のトラウマを話したうえで、自らが生み出したものの道徳的価値について議論する。また、従業員ギグワーカーが、権力を握る雇用主について痛ましい真実を語る。さらにテクノロジーフェミニズム交差性社会主義に関する知見に加えて、業界における虐待荒々しい入国管理政策に立ち向かう勇敢な取り組みについても深く踏み込んでいる。

それではオルオ氏とのインタビューを紹介しよう。前述のとおり、このインタビューは現在の危機が発生する数週間前に行われたものだが、その内容は今こそ重要なものとなっている。自称「億万長者」の投資家であり、オルオ氏と同じ週に会ったもう一人のシアトル在住者、Nick Hanauer(ニック・ハナウアー)氏の言葉を借りれば、不満の矛先がいよいよアメリカの富豪に向けられた。端的にいえば、この国で白人の仲間や私が人種や人種差別について話すのは、人種差別に対して敏感だからでなく、この世界を「より良い場所」にするために行えるすべてのことをやりたいからでもなく、どうしてもそうしなければならないからである。Kim Latrice Jones(キム・ラトリス・ジョーンズ)氏が今の時代を象徴する自身の拡散動画で言っているように、「幸いにも、黒人が求めているのは復讐ではなく平等である」。

テクノロジーの世界ではおそらくいっそう、そう言えるだろう。今のところ私たちの近隣やオフィスがすべて文字通り炎上しているわけではないかもしれない。しかし炎上する可能性があるテクノロジーの世界は、失うものが最も多いのだ。テクノロジーは、新型コロナウイルス感染症やそうした不満による影響も受けることはない。もし黒人が今後数年間のうちに、テクノロジー業界でさらに持続可能な形の平等を実現できなければ、復讐が次のゴールポストになるかもしれない。そして復讐は正当化され得るのだ。

しかし私は、そこに向かいたい人は誰もいないと信じている。かつてMalcolm X(マルコムX)氏は、Martin Luther King, Jr(マーティン・ルーサー・キング・ジュニア)氏がバーミンガムの刑務所に収監されていたとき、Coretta Scott King (コレッタ・スコット・キング)氏を訪ねて次のように言った

キング婦人、キング牧師に話してくれませんか… 私は彼の仕事をもっと困難にするために来たのではありません。白人が別の選択肢は何かを理解すれば、キング牧師の話に耳を傾けてくれると思うのです。

現在では、MLKはほぼ文字通りの公民権運動の神になっているが、それは当然のことである。しかし私たちはいつか、願わくばこれから長く平和な時代の中で、少なくともキング牧師に匹敵するほどの影響力とインスピレーションを持つイジェオマ・オルオ氏の人生と仕事を、同氏の幾人かの仲間(その多くが黒人女性)と併せて振り返ることができるかもしれない。

一部の読者は、オルオ氏が伝えることを心ならず受け入れる必要があるかもしれないが、同氏のビジョンは今後数年間の成り行きに関するさらに楽観的な選択肢であることを覚えておいていただきたい。

では、オルオ氏に話を聞いてみよう。

編集者注:このインタビューは読者の理解を助けるための編集がなされている。

Greg Epstein(グレッグ・エプスタイン):これまで仕事においてどの程度テクノロジー業界に関わってきましたか。特に著書『So You Want to Talk About Race』が出版されてからはいかがですか。

イジェオマ・オルオ氏:私はテクノロジー産業の中心都市、シアトルで育った黒人女性として本書を執筆しました。執筆活動をする前は、テクノロジー業界で10年以上働いていました。つまり私の本は、人種や人種差別を超越したと考えられていながら明らかにそうではない環境、さらに有色人種、特に有色人種の女性が極めて少数派である環境によって大きく形付けられています。

そのため、テクノロジーについて語っていないときでも、本書の中ではテクノロジー業界が大きな存在感を放っています。なぜならテクノロジー業界の多くの人が、本書で使われている例の中に自分自身や同僚がいることを認識したからです。

私が行った講演の中で最も再生回数が多かった動画の1つは、おそらくGoogleで行ったものでしょう。テクノロジー業界の多くの人、特にここシアトル在住の人は、「ああ、彼女はここに住んでいるんだ。これを読んでみよう。人種や人種差別についていえば、今年はこの本を読むことにしよう」というように、すぐにこの本を読みました。

しかし私はテクノロジー分野に足を踏み入れるとき、この分野をリベラル派の白人優位の分野と同じように考えます。つまり私がその分野においてできることは非常に限られています。私ができる最大限のことは、その業界にいる最も少数派の有色人種が感じ、経験していることを補強することです。なぜなら私は、他の講演者では経験し得ないほどの少数派としての人生を生きてきたからです。

[テクノロジーに関連する本というアイデア]についても同様です。なぜなら私は黒人女性として、作家として、もしソーシャルメディアがなかったら、ソーシャルメディアにアクセスできなかったら、今の私はいなかったからです。

一方で、[ソーシャルメディアがもたらす]代償と、まさに同じこのソーシャルメディアで、テクノロジーを通じて、大きな場ではないにせよ、特に有色人種、有色人種の女性、LGBTQコミュニティを憎み、差別し、虐待する場が提供される方法については、議論する必要があります。

多くの人がテクノロジーの分野における人種と人種差別について話すことの価値を過小評価しています。私は人種や人種差別について話すのに、テクノロジーほど重要な分野はないと思います。私はWeb上で、アメリカにおける人種と人種差別に関する最高と最悪を見てきました。私と私が愛する人たちは、Web上で実際に影響を受けてきました。Webは対面の空間と同じくらいリアルな空間です。私たちは、互いの見方や付き合い方がWebによってどのように影響を受けるか、そして不平等と不公正の問題にどう対処するかについて、必ず政治的、社会的に考えてみる必要があります。

エプスタイン:非常にうまくまとめてくれました。テクノロジーは最高でも最悪でもあります。と言うのは、私はBlack Twitter(黒人ユーザーで構成されているTwitter)から非常に多くのことを学び、大きな力をもらいました。それからWhite Supremacist Twitter(白人至上主義のTwitter)もあります。またWhite Supremacist Lite Twitter(白人至上主義のライト版Twitter)のようなものもありますね。

オルオ氏:[テクノロジーを]宗教のように見るという[エプスタン氏の]話は興味深いですね。テクノロジーと多くの宗教の根本的な共通点の1つは、少なくともアメリカでは、テクノロジーは白人男性が考えるユートピアであるということだと思います。テクノロジーにおいては特に、白人男性のユートピアビジョンに対するカルト的な支持があり、根本的に女性や有色人種の権限を奪い、脅かしています。

エプスタイン:そのイメージが気に入りました。私とブレインストーミングをしていただけませんか。 テクノロジー業界の文化で見られる白人男性のユートピアビジョンには、どのような特徴があるのでしょうか。

オルオ氏:ユートピアはテクノロジー業界の文化の中心にいる白人男性の戦いの神話化から始まります。この考えでは、こうした男性はゼロからモノを築き上げた落ちこぼれで、孤立した存在です。また、行く手を阻む問題を解決しようとします。これが彼らのサクセスストーリー、エリートコースの驀進です。では、彼らの行く手を阻むものは何でしょうか。有色人種、彼らとベッドを共にしない女性、自動的に手に入らない人気と富、白人男性が持つスキルを誰が持っているかという判断基準で新しい階級構造から白人男性を遠ざけている古い階級構造でしょうか。

こうした考えを中心に作られた神話は非常にカルト的で非常に宗教的であるように感じます。この起源を伝える物語の一部始終は真実ではありません。

テクノロジーにおける最も大きな進歩の誕生に目を向けるなら、過剰な多くの権限があること、ルールがあるという考え、純粋に優れたメリットもあること、物事を変革するこの分野において出世するために行えることが見えてきます。そしてテクノロジーの分野で「採用基準はコーディングの腕前です」と言っているのは、実はこうした人たちです。このような人よりもうまく議論することができるでしょうか。

テクノロジー業界でまず行うことは、白人男性を根本的に中心に据えることです。そして目標は白人男性の昇進です。有色人種はそれをサポートすることも、模倣することもできます。あるいは彼らが克服すべき障害になることもできます。テクノロジー業界では誰もが成功できるという議論があります。そう言う人たちは成功への境界線をすべて取り払いました。しかし実際は自分たちの個人的な境界線を動かしただけで、有色人種と女性の境界線はすべて残したままにしています。起源を伝えるこの物語では、有色人種と女性は道具として存在しているに過ぎないからです。

私が笑ってしまうのは、教義の中でテクノロジーと同じくらいよく語られるのは変化と適応であるということ、彼らが実際の変化、特にイデオロギー的な変化に対してどれほど徹底して閉鎖的かということ、室内を見渡して自分と同じような人がいないことをどれほど恐れるか、そして物事を徹底的に突き止めて、これはうまくいっただろうかと尋ねることをどれほど怖がっているかという点です。

現在テクノロジー業界の多くの人が革新的と呼んでいるものに、革新的なものはありません。そして「私たちは、2000年前のルールにまだ固執しているのか。変化と進歩をまだ恐れているのか」といった、人々が組織化された宗教に対して抱く多くの不満は、すでにテクノロジー業界でも見られています。そして[テクノロジーのリーダーが]「いえいえ。これは従来どおりの方法です」と言っているのを目にすると心配になり、この業界はどれほど新しいのだろうかと考えます。

それでは変化が入り込む余地はどこにあるのでしょうか。私たちは試作段階を続けながら、「これは従来どおりの方法です」と言っているのでしょうか。この20年~30年間は何だったのでしょう。おかしな話ですよね。

しかし、白人男性が[ここ20~30年間の現状を]擁護するときの情熱、また変化に対する脅威を語る様子は、宗教的な情熱、インターネットを立ち上げた同じ情熱があることを目にしてきました。宗教を超えた人々についてもそう言えます。

エプスタイン:テクノロジー業界における自身の仕事について、どの程度まで公に話したり書いたりしていますか。

オルオ氏:私は[テクノロジー業界での自分の経験については]あまり書きません。私の著書には、仕事についての逸話が多少含まれています。仕事について書くときは、テクノロジー業界について書いている可能性がありますが、具体的ではありません。

間違いなく言えることは、私はこれまでの人生で、テクノロジー業界で働いていたときほどセクシャルハラスメントを受けたことがないということです。テクノロジー業界にいたときほど、自分の人種について、そしてそれが自分のキャリアに役立つか妨げとなるかについて、あからさまな非難を受けたことはありません。私は「黒人だから昇進したと思っているのか」と面と向かって言われたことがあります。

私はテクノロジー業界にいたときほど部外者であると感じたことはありません。テクノロジー業界は、すべてを理解しているように見せかけるのが好きなので、ガスライティングがひどく横行している環境なのです。

私は人種や性別に厳しい職場で働いたことがあります。そうした職場において、習得する内容を知っていることは、明らかにいらだたせる行為です。私は自動車業界で働いていました。私はそこで習得したことを知っていました。しかしテクノロジー業界では、「いや。そんなことはここでは重要ではない。それはここでは問題ない」ということになります。そしてそれが間違いなく問題なのです。多くの人は、テクノロジー業界に入る人はすべてテクノロジー好きで、それが皆を1つにまとめると思っているのではないでしょうか。この大きな情熱が、性別もセクシャリティも人種も問題とはならないということを気付かせてくれると思っていないでしょうか。

それは絶対に間違っています。なぜなら、テクノロジーが陥る落とし穴は他のあらゆる企業や、実際のところアメリカの他のあらゆる団体が陥る落とし穴と同じだからです。つまり、真の多様性と人種間の平等は白人にとって痛みを伴うものではなく、まったく調整は生じないという考え、有色人種は白人とまったく同じものを必要とし、白人と同じものに価値を置くという考え、そして最後には、有色人種は何らかの点で白人は優れていると見なす、という考えに陥るのです。真の多様性、人種間の真の平等、男女平等において、この考えはどれも誤っています。

私たちはこの問題について話す必要があります。これは単なる作業環境の問題ではないからです。私は世界最大規模のテクノロジー企業やテクノロジー関連企業の数社と話をしたことがあります。そうした企業では、スタッフが実際に毎日オフィスに出社し、人種差別と性差別の問題を認めようとしない場で現実に向き合うだけでなく、人種差別と性差別の問題を再現するような形で、私たちが世界で互いにどのように関わり合うかを方向付ける製品を作っています。

何よりもまずオフィス内のスタッフの環境を整えなければ、提供する製品をうまく扱うことはできないでしょう。白人男性しかいない環境や、白人男性が多数派を占める環境を作ることはできません。また自分が持つ製品で偏見と悪意が再現されないと考えることもできません。

そして製品を作っているスタッフの作業環境に極度の脅迫、排除、悪意に対する苦悩があるのに、偏見と悪意を根絶すると考えられる製品を作ることはできません。どちらも一度に取り組まなければなりません。そして多くの場合、どちらか一方に取り組むと、うまくいかず失敗します。そしてテクノロジー業界でこうした問題に取り組んでいない結果、小さな作業スペースで仕事をしている人以外にも、多くの人を傷つけています。あらゆる人々を心底傷つけているのです。

エプスタイン:「あらゆる人々を心底傷つける」と言うのは、真の平等に対する責任が欠如しているということですか。

オルオ氏:そのとおりです。そして社会的弱者に対する尊重も欠如しているということです。「隣人が好きか」という観点からだけでなく、利益水準の観点から見る場合も同じです。

人種間の平等には、将来的に利益があると思いますか。人種間の平等に関する製品と目標を構築できると思いますか。有色人種は白人の顧客であると思っていますか。そうした顧客が製品に適応するのではなく、製品が顧客に適応すべきだと考えていますか。顧客の子どもたちや孫たちにも製品を使って欲しいと思いますか。歓迎されている、十分なサービスを受けていると顧客に感じてもらいたいですか。

もし私たちが資本主義に目を向けているなら、そして資本主義企業であるなら、私たちは資本主義とは無縁であるように振る舞うことはできません。これは重要な点です。

もっと言えば、資本主義と無関係のプラットフォームであればモノを販売することはないはずです。そんなことはでたらめです。すべては資本主義世界に属しています。資本主義は私たちが尊重している世界です。有色人種の声は重要だと思いますか。もしそうなら、ハラスメントや虐待の問題に取り組む方法が、白人男性の声を重視する場合とはまったく違ってきます。

エプスタイン:倫理に関するこのTechCrunchシリーズでインタビューしたすべての方に尋ねる最後の質問です。人類共通の未来の見通しについて、どれほど楽観的に考えていますか。

オルオ氏:見通しは変わっていません。心配しています。テクノロジーを利用している欧米の人々が、テクノロジーを使うことによって、実際に人と対面することも、人との深いつながりを形成することも、本当の同盟関係を構築しようとすることも、そして自分の未来、安心感と共同体意識、他者への帰属意識を結び付けることも不要ではないかと、いかに感じやすくなっているかについて懸念しています。

間違いなく言えることは、驚くほど欧米中心のテクノロジー観があるということです。私はナイジェリア系アメリカ人です。ナイジェリアでテクノロジーを利用する方法は、ここでの方法とはまったく違います。ナイジェリアでは、まず第1に実用性を重視します。またアフリカのビジネスをより円滑に運用するため、物理的インフラを奪ってきた植民地政策の遺産を取り払うため、そしてそのインフラをオンラインで構築してどこかで存在できるようにするために、人々が1つにまとまり直接集うことも重視します。

ナイジェリア人がインターネットを使い、離散を越えてつながっている様子を見るとき、インターネットに対するナイジェリア人の考え方は、インターネットの存在理由、その使用方法の点で欧米の考え方とは根本的に異なっています。そして私はそこから学ぶべきことは多くあると感じています。真の開拓がどこで行われているかを調べたいのであれば、中米、南米、アフリカ諸国、多くのアジア諸国でテクノロジーやインターネットがどのように使用されているかを見るとよいでしょう。有色人種のコミュニティが、「白人至上主義構造の制限下で私たちが抱える問題を解決するテクノロジーを構築するつもりだ」と言うとき、インターネットはどのようになるかについて考えてみてください。

個人よりも集団を尊重する社会で、インターネットを構築するときどのようになるかについて考えてください。その時インターネットはどうなっているでしょうか。ナイジェリアでは徹底的な独立が夢ではないので、独立はインターネットが構築される目的でも、目標でも、子どもや家族のために手に入れたいものでも、目指しているものでもありません。では社会構造が違うと、インターネットはどのようになるのでしょうか。私たちは自らを自力で引っ張り上げているのではなく、もしかしてコミュニティを引っ張り上げているのかもしれないと考える場合、プラットフォームを構築しているとしたら、インターネットはどのようになるでしょうか。すべてのプラットフォームはインターネットのために構築されるのでしょうか。インターネットこそが、テクノロジーでできることに希望を持ちたいと思う場所であり、私たちがいるべき場所なのです。

エプスタイン:すばらしい答えです。ありがとうございます。私は多くの優秀な方々にこの質問をしてきましたが、いろいろな意味でこの質問に対する最高の答えを受け取りました。

オルオ氏:ありがとうございます。

エプスタイン:お時間を頂きありがとうございました。TechCrunchを代表してお礼申し上げます。

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カテゴリー:パブリック / ダイバーシティ

タグ:差別 インタビュー

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(翻訳:Dragonfly)

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